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甲状腺疾患を疑うべき症状

Points

  • 甲状腺ホルモンは全身の臓器に作用を及ぼすため、甲状腺機能異常では多臓器系に及ぶ多彩な症状が現れる。
  • 甲状腺中毒症は、甲状腺ホルモンの合成・分泌が亢進した甲状腺機能亢進症と、甲状腺の破壊によるものなどの甲状腺機能亢進症を伴わないものに分けられる。
  • 甲状腺中毒症では、全身の代謝亢進による症状が現れ、バセドウ病では特異的な眼の症状を認めることがある。

  • 甲状腺機能低下症の症状は、非特異的な症状が多く、甲状腺疾患のない場合でも同様の症状を訴える人は多い。
  • 高齢者では、甲状腺中毒症も甲状腺機能低下症も典型的な症状が現れにくくなる。

 

はじめに

甲状腺疾患の頻度が高く、治療を必要としない軽微なものも含めると10人に1人は甲状腺疾患を有するといわれている。甲状腺疾患には多くの種類があるが、甲状腺機能異常伴うものと伴わないものに大別される。腫瘍性疾患の多くは甲状腺機能異常を伴わず、主たる症状・徴候は頸部のしこりであり、全身症状は基本的には伴わない。本稿では甲状腺機能異常伴う疾患の症状・徴候について、甲状腺中毒症と甲状腺機能低下症に分けて解説する。甲状腺ホルモンは全身のあらゆる臓器に重要な作用を及ぼすため、甲状腺機能異常の症状・徴候は、多臓器系に及び、その程度も臓器により様々である。

 

甲状腺中毒症

 

甲状腺中毒症の定義と疾患

甲状腺中毒症は血中甲状腺ホルモン濃度が上昇し、各臓器において甲状腺ホルモン作用が過剰に出現した病態である。さらに、甲状腺中毒症は甲状腺ホルモンの合成と分泌が亢進した病態、すなわち、甲状腺機能亢進症と甲状腺の破壊によるものなどの甲状腺機能亢進症を伴わないものに分けられる(表1)。 甲状腺機能亢進症と亢進症を伴わないもののいずれも、各臓器において甲状腺ホルモン作用が過剰に出現することによる共通の症状と、原因となった疾患に特異的な症状がみられる。

 

②甲状腺中毒症状

甲状腺中毒症において、甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone : TSH)の低値のみで甲状腺ホルモン値が基準値内にとどまる潜在性甲状腺中毒症では、ほとんど症状のない場合が多い。一方、甲状腺ホルモンが基準値を超えて高値となる顕性甲状腺中毒症の場合は、その程度に応じて多彩な症状、徴候を呈する(表2)。 各臓器に分けて症状を説明する。

 

 

  • 代謝亢進

エネルギー消費の増加に伴う体温上昇傾向により暑がりになり、また食欲が更新する。食事摂取量を上回ってエネルギー消費が亢進し、筋肉、脂肪組織の異化が促進されることにより体重減少を来す。若年者を中心に一部の患者では食欲亢進が優るために体重が増加する場合もある。

  • 循環器系、呼吸器系症状

洞性頻脈は半数以上の患者に見られる頻度の高い所見である。動悸・頻脈は安静時もみられ、労作時にはより顕著となる。交感神経刺激によるものであり、β遮断薬が有効である。甲状腺中毒症は二次性心房細動の原因となる。日本の甲状腺専門病院の統計によると、甲状腺中毒症患者の1.7%に持続する心房細動を認めた。甲状腺中毒症では全身血管抵抗は低下し、静脈還流、循環血液量、心筋収縮能、酸素消費量が増加する。 結果として、心予備能及び運動耐容能は低下し、重症例では高心拍出性心不全となり、呼吸筋筋力低下と相まって呼吸困難を呈する。さらに甲状腺ホルモンの心筋への直接的な障害、あるいは頻脈誘発により拡張型心筋症に至る症例もあり、突然死の原因ともなる。

  • 神経筋症状

震え、振戦は手を上げた姿勢での細かい震え(姿勢時振戦)が特徴的である。手指に最も顕著だが、体幹、下肢等どこにでも起こる。これは交感神経緊張によるものであり、β遮断薬で改善する。ミオパチ(筋原性筋萎縮症)は程度の違いはあるが、多くの患者に起こる。近位筋に頻度が高く、骨盤周囲や肩周囲の筋に症状が現れやすい。 階段を登るのが辛く、ガクガクするといった症状や、布団の上げ下ろしが辛くなったと言うような症状がある。ミオパチーの原因としては、エネルギー消費の増加に伴う筋のタンパク異化亢進が、タンパク質産生を上回り、筋肉量減少を来すことなどによる。

甲状腺中毒症では周期性四肢麻痺を起こすことがある 突然に両側性に麻痺をきたし、しばらくして正常に戻る可逆性の筋症状である。甲状腺中毒症によるものは。低カリウム血症を伴う低カリウム性周期性四肢麻痺である。甲状腺中毒性周期性四肢麻痺は日本人を含むアジア人男性に起こりやすい。激しい運動の後、炭水化物やアルコールを大量摂取した後の早朝・夜間に起こりやすく、麻痺の程度は一時的な筋力低下から完全な麻痺まで様々である。 呼吸や意識には異常は無い。甲状腺機能が正常化すれば起こらなくなるが、甲状腺中毒状態の間のβ遮断薬投与は発作の頻度を減少させる。

  • 精神症状

甲状腺中毒症(バセドウ病)では、多彩な精神症状がみられる(表3)。 バセドウ病において頻度の高い精神症状である不安障害やうつ状態は、甲状腺中毒症の治療後にも高率に残存することが報告されている。したがって、精神症状の発症は甲状腺機能異常だけでなく、年齢、罹病期間、身体的合併症、素因、生育歴、性格、生活状況などが、その背景に複雑に絡み合いながら関与している。

  • 消化管症状

腸蠕動は更新し、経口から排泄までの時間短縮による排便頻度の増加がしばしばみられ、下痢をきたす場合もある。胃酸分泌は低下する。

 

  • 皮膚症状

エネルギー消費の増加により、熱交換を盛んにする必要が生じ、発汗増加、皮膚湿潤をみる。頭髪は細くなりがちとなる。バセドウ病患者では、原因不明の慢性蕁麻疹の頻度が高い。また、手や足の爪が爪床から分離する爪甲剥離症の原因疾患の一つとしても知られているが、甲状腺機能低下症に伴うこともある。白斑はメラノサイトの自己免疫性破壊によるとされており、健常人に比較してバセドウ病患者では、頻度が高い。

  • 性腺機能に関する症状

月経異常は顕性甲状腺中毒症の女性の約20%に起こる。重症の中毒症では無月経の頻度が健常者よりも高くなる。男性では女性化乳房、性欲減退や勃起不全もみられる。甲状腺中毒症による性ホルモン結合グロブリンは増加し、総テストステロンと総エストラジオールも上昇するが、遊離テストステロンに対する遊離エストラジオールの比が相対的に上昇、すなわち女性ホルモン優位となることによる。

③ 年齢、性別による症状の違い
甲状腺中毒症の80%を占めるバセドウ病は、男女比は1:4と女性に多く、20〜30歳代に最も発症しやすい疾患であるが、小児から高齢者まで幅広い年齢で発症する。性別、ならびに発症年齢ごとに初発症状の頻度に違いのあることが知られている。吉村の報告によると、女性では甲状腺腫を初発症状とする頻度は年齢が低いほど高く、動悸は60代以降の高齢者では頻度が低くなる。 これは高齢者では加齢に伴い、交感神経刺激の反応性が低下することによる。また、高齢者では体重減少の頻度が明らかに高くなる。男性初発症状ではすべての年齢で体重減少の頻度が高い。一方、男性とは甲状腺の位置がよりも低く、胸鎖乳突筋に隠れて存在するため、甲状腺腫の存在に気づきにくく、初発症状としての甲状腺腫の頻度は低い。周期性四肢麻痺は前述のように男性に特有の症状である。

 

原因疾患特異的症状、徴候

バセドウ病では表4に示す眼の症状を呈する場合があり、甲状腺眼症とよばれる。これらはバセドウ病と診断された患者の25〜30%に認められる。上眼瞼後退は、交感神経過緊張によるミュラー筋の異常収縮、および上眼瞼挙筋、または上直筋の炎症性変化によって起こる。 眼球突出は主として眼窩脂肪組織の増大による。眼瞼後退と眼球突出による閉眼不全、及び涙腺炎による涙液分泌低下による眼球表面の乾燥や睫毛内反による機械的刺激により、結膜・角膜病変が生じる。複視は外眼筋炎による外眼筋進展障害によるもので、眼症発症早期では疲れた時や、朝目覚めたときなどに自覚することが多い。下直筋と内直筋が障害されやすいので、上方視と外方視を訴える頻度が高い。外眼筋炎が高度になると線維化・癒着を来して、眼球の偏位、すなわち斜視となり、正面視でも常に複視を生じる。視力低下は腫大した外眼筋による視神経の圧迫による。 甲状腺眼症に関しては、高齢者は若年者よりも中等症から重症になりやすい。甲状腺中毒症状に甲状腺感症の症状を伴っていればバセドウ病と考えてまず間違いない。バセドウ病では前脛骨粘液水腫と呼ばれる皮膚障害がまれに見られる。基本的に甲状腺眼症を同時に伴う。

亜急性甲状腺炎の典型例では、甲状腺の部位の疼痛・圧痛と38度を超える発熱が特徴的であり、甲状腺中毒症状よりも前面に立つ。甲状腺中毒症をきたす他の疾患とは明らかに臨床像が異なるので通常は容易に区別できるが、軽症の非典型例では症状、徴候のみでは区別できない場合もある。

 

亜急性甲状腺炎の典型例では、甲状腺の部位の疼痛・圧痛と38度を超える発熱が特徴的であり、甲状腺中毒症状よりも前面に立つ。甲状腺中毒症をきたす他の疾患とは明らかに臨床像が異なるので、通常は容易に区別できるが、軽症の非定型例では症状、徴候のみでは区別できない場合もある。

 

甲状腺機能低下症の原因となる疾患

甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモン分泌が低下し、臓器において甲状腺ホルモン作用が不足している病態である。低下の程度により、遊離サイロキシン(free thyroxine : FT 4)が基準値以下、かつTSHが基準値を超える顕性甲状腺機能低下症と、TSHが基準値を超えているが、FT 4が基準値内にとどまる潜在性甲状腺機能低下症に分けられる。先天性甲状腺機能低下症、甲状腺切除後や放射性ヨウ素内用療法後の医原性甲状腺機能低下症など、既知の原因によるものを除くと、顕性甲状腺機能低下症の大部分は橋本病(慢性甲状腺炎)が原因である。 潜在性甲状腺機能低下症においても、橋本病が原因となることが多いが、原因疾患を明らかにできない場合も多い。橋本病=甲状腺機能低下症として誤用されることがあるが、橋本病のうち明らかな甲状腺機能低下症を呈するのは10%程度である。

 

甲状腺機能低下症による症状

甲状腺機能低下症に関連する症状の多くは非特異的であり、同様の症状は多くの他の疾患でも起こりうる。さらには明らかな疾病を有しない健常人においても同様の症状を訴える事は多い。潜在性甲状腺機能低下症では無症状の場合が多い。甲状腺機能低下症の症状は、年齢、性、発症からの期間によってもその程度や頻度は異なる。顕性甲状腺機能低下症にみられる典型的な症状を表5に示す。

症状の把握が甲状腺機能低下症を診断する上で有用かどうかを検討したデンマークの研究では、新たに診断された顕性甲状腺機能低下症患者と性、年齢、居住地域をマッチさせた甲状腺疾患のない対照群を比較し、甲状腺機能低下症に特徴的な13の症状(倦怠感、 抜毛、皮膚乾燥、球症状(喉に何か丸い塊がある感じ)、嚥下困難、前頸部の痛み、喘鳴、息切れ、動悸、便秘、落ち着きのなさ、情緒不安定、めまい)を抽出した。それら13の症状のうち、顕性甲状腺機能低下症患者では、診断時に中央値で5個の症状を有していたのに対し、対照群では中央値2個の症状を有していた。しかし、甲状腺機能低下症の疑いとして、誰に対して甲状腺機能検査を行うべきか判断する上で、信頼性のある個別の症状はなかったと報告している。また甲状腺機能の検査値と症状の数との関連性も認められなかった。

 

年齢、性別による症状の違い>

前述のデンマークの同じ集団を対象に、性別による甲状腺機能低下症の症状の違いについても検討されている。 甲状腺機能低下症に特徴的な13の症状のうち少なくとも1つ以上の症状を有する頻度は、顕性甲状腺機能低下症患者では女性が94.9%、男性が91.3%と同程度であったのに対して、甲状腺疾患のない対照群では、女性が73.7%、男性51.1%と有意に女性で有症状率が高かった。さらに13症状を個々にみても、対照群では女性は男性より有症状率が高かった。したがって、甲状腺機能低下症を疑う上で、症状の有無は女性よりも男性において有用としている。

同じく年齢についても分析している。顕性甲状腺機能低下症患者では、年齢が高くなるにつれて、症状の平均個数が減少し、70歳以上では対照群と差がなくなる。個々の症状をみても、50歳未満の若年患者では、13症状、すべてにおいて対照群に比較して頻度が高かったが、60歳以上の高齢患者では3症状(倦怠感、息切れ、喘鳴)だけが対照群よりも有意に頻度が高かった。以上から甲状腺機能低下症を疑う上では、症状の有無は若年者では有用であるが、高齢者では症状から識別できないと報告している。

 

終わりに

甲状腺機能異常を伴う甲状腺疾患を疑うべき症状は実に多彩であり、全身の多臓器に及ぶ。様々な症状は甲状腺疾患としても特異性の低いものが多いため、複数の症状が当てはまる場合により強く疑うことになる。高齢者では甲状腺中毒症も甲状腺機能低下症も典型的な症状は現れにくくなるため、軽度の疑いであっても血液検査により甲状腺機能を確認することが必要となる。

参考文献>岡本泰之:月刊薬事,62(13):29-34,2020 一部改変

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